あふれもの日記

日々浮かんでは消えていく思考を綴っていく

「最近僕が疲れている理由」について

ものづくりのカイゼンについて

以前にもこのブログに書いた通り、僕は「仕事のやり方のカイゼン」や、「製品の安全を論証する」ことを主な業務とするエンジニアです。

ソフトウェアづくりのカイゼンを主領域にされる方々は「SEPG (Software Engineering Process Group)」と呼ばれ、最近はソフトウェア以外のシステム設計のカイゼンなども手掛けるようになっています。

 

すり減るココロ

そんな僕ですが、最近本気で転職を考えるくらい心身ともに疲れているのを感じます。

プライベートで父が急死したり、身近な方の訃報に接したりしたことも大きな疲れの要因だと思いますが、同僚の大量退職やスケジュールの遅延など職場もなかなか厳しい状況にあります。

こういう厳しい状況だからこそ、「カイゼンする意義が大きい」と感じるのですが、さっぱりカイゼンが進まない。どんなに働きかけても「のれんに腕押し」「ぬかに釘」状態。

働きかけ続けるのにも疲れてきています。

 

現実を見ない管理職vs.現実と闘う現場

「何でこんな状況になっちゃってるんだろう?」という問いの答えの尻尾をつかむ出来事がありました。

新しいプロジェクトを立ち上げる企画立案のメンバーとして選抜され、会議に出席した時のことです。

非常に野心的で新しい技術の良さを散りばめた資料とそれを語る管理職。

それらをとても冷ややかで当惑した表情で聞くメンバー(主に30代半ば)。僕もその一人でした。

出席した管理職は現在炎上中のプロジェクトには参画しておらず、次世代製品と経営層へのプレゼンが主な業務のようでした。

一方、メンバーは炎上プロジェクトの真っ只中で顧客や社内の他部署相手に奮闘し、日々吹き上がる炎を消火するのに手一杯。新しいことなんてやる余裕はありません。

歴然した温度差だけがそこにありました。

 

都合の良い現実しか見ない人達

会議が終わった後、余りの非現実的な内容に管理職に直談判に行きました。

「今の状況では、まともな企画が立案できません。まず部署が抱えている全てのプロジェクトの日程を整理しましょう。じゃないと新しいプロジェクトの日程なんて、きちんと考えられません。」

返ってきたのはつれない返事でした。

「その辺の調整は管理職がやるから。それに今管理職の間でも合理化の案出しをしてるから、まずは『あるべき姿』を作って」

 

「そんな姿も調整もないから、今のプロジェクトが炎上してるんですよ!現実を見てください!」

途中まで言いかけて我に帰り口をつぐみました。

 

相手は「自分達はちゃんとやっている」と言い張り、取り合ってもらえないと感じたからです。過去にも何度も同じ経験をしていますから。おそらく出席したメンバーも同じ経験をしているのだと思います。

自分達の都合の良いように現実を捉え、本当にカイゼンすべき現実から目を逸らしている。そして、結論は決まっています。

 

「現場が悪い」

 

ありのままの姿を受け入れること

『あるべき姿』から程遠い現実を受け入れない人達。

現実と闘い続け疲弊しきっている現場。

間に挟まれて、主張も聞いてもらえず当惑するカイゼンする人(僕)。

 

これこそが「カイゼンを阻む構図」であり、疲れの要因なのだと強烈に感じました。

 

自分自身や自分の組織の「出来ていない現実」を受け入れるのは、とても辛く大変なことだと考えます。

でも、その現実を心から受け入れずに劇的に状況がカイゼンすることはないとも考えます。

 

ありのままの姿を受け入れる必要があるのは、他の誰でもない自分自身だと強く思うのです。